カンパリオレンジを飲み干せ

めざせ1日1エントリ

メンがヘラヘラ

今日のあいさつ

こんにちは、べにぃです。
今日もアクセスありがとうございます。

昨日までの気温とは打って変わって今日は雨が降っても冷え込んだ1日でした。
母からの情報によると祖母が寒がってストーブをつけたそうです。
ちなみに月初めはあまりの暑さにクーラーつけて窓を全開にしていたそうで、昨今の気候が情緒不安定すぎて地球を労りたい気持ちでいっぱいになりました。

情緒不安定といえばなのですが、みなさんはご自身の心の健康は保てていますでしょうか。
かくいう私は胸を張ってそうとは言えないです。
メンタルヘルスへの関心が高まる中、私のメンタルはぺろぺろのへらへら。
今日は私のメンタルの話をします。




メンがヘラヘラ

月の前半は精神の調子を崩しがちだということに気がついたのはここ数年のことだ。
私の場合だが、月経を軸にしてそれ以前の2週間はひどく沈み、月経2日目ぐらいまで続く。
そしてそれ以降は徐々に上がり調子になり、月末ぐらいまで調子がよいというサイクルで回っていて、それに気がつくだけで自分の気分に振り回されないのだと知った。


私は大学3年の冬、正式な(?)メンヘラデビューを果たした人間である。
しかし、初めて精神的な不調が生活に支障をきたして病院のお世話になったのがその時だったというだけで、人生の大半は「私、体は健康だけど心は不健康だな〜」と思って過ごしていた。

以前書いたが、人を好きになる、という感じがいまいちピンとこなかったのもそうだし、同級生ではない同世代の人間と上手く関われない、人前で発表するということに異常に緊張してしまうといった自分の欠陥がひどくコンプレックスで、私の心はなんだか正常じゃないのかもしれんという感覚が常に頭の隅っこに巣食っていた。

そういう気持ちがやがて育ってくると、だんだん周囲についていけないのに心が苦しくなってきたのだろうか、それらのコンプレックスに加えて自分は社会の役に立たない人間だ、自分は世の中の人間で一番最下層に位置する人間だから常にへりくだった態度を取らないといけない、自分はいくら叱られ注意されてもろくでもないところが直らないから死んだ方がまだマシだ、死んだ方が世の中のためだという考えに取り憑かれる。

そうは言いながらも矛盾していて、ふと気がつくと他人に傲慢な態度をとったり、無礼な振る舞いをする自分も確かにいて、その部分に気がつくたびに特に厳しく自分に言い聞かせていた。

そういう気持ちで思春期を過ごしてきたから、私の精神的な発達は他の人のそれよりも大分遅かったのだろう。
先述のような考え方を全面的に押し出して振舞うといけないことは知っていたので、道徳的、模範的な行動や考え方を心得て誤魔化すように暮らしていた。
自分の気持ちや意見を主張することはなかった。
そのような物を持つ資格がない人間だと思っていたからである。

そしてその結果、精神的にも肉体的にも切磋琢磨せずに生きていると人間はレベルアップする機会を失う。
私なんかは嫌なことからは逃げてばかりいるタイプだったのでなおさらで、草むらの野生ポケモンから逃げてばかりいると手持ちのポケモンはいつまでたってもレベルアップしないのと同じ原理だ。
刺激のない人間を取り繕うことはできるが、実際の忍耐力はまったくないしすぐ癇癪を起こしてしまうけどそれを内心で取り繕ってストレス貯める、みたいな感じである。

そしてエラーを指摘されたり、自分で気がついたりするたびに、私は自分に罰を与えた。
周囲から与えられる罰では私には足りないという気持ちが強く、しばしば腕とか足とか耳たぶとかをカッターで切っていた。
カッターを使った自傷癖は中学生のころから始まって高校生のころにピークを迎え、大学で頻度が減り、今は落ち着いている。
一方で過食気味になってきたりものしたので、結局手段が変わっただけなのかもしれない。

そしてまた自分に自己嫌悪していびつな思い込みの悪循環に陥るというループがもう20年弱は続いてしまった。
大学受験の頃には立派なメンヘラ予備軍の真面目系クズ人間の様相を呈した私がそこにいたのである。

自分の異常な本音を誰にも打ち明けられず、経験値不足で周囲の期待に答える自分を演出することもできず、自分と自分が摩擦を起こしたような状態になって私は徐々に精神的に追い詰められた。
学業へのモチベーションが大きく下がったし、自分の理想と現実のギャップみたいなのがめちゃくちゃ大きくなってしまって、大学やめたいとか思ってた一方、学費を出した親への裏切りが怖くてしがみつくように単位を取っていた。
そして大学3年間をかけてその感情はゆっくりと膨らみ、登校に支障を来す形で露見したのである。

大学のある地域から実家に戻され、数ヶ月私は療養した。
そしてクリニックを1軒受診したが、その時はなんともないという話だった。
こんなにどうにかなりそうだけど私は病気ではないのなら本当にダメな人間なのだなと思った。
問診票に死にたくなると書いたけど「そういうのはうちではキャパオーバーですので」という話をされた。

それからしばらくしても腑抜けて学業に戻る様子がないので、見かねてとある病院で行われていたストレスドッグというのを受けた。
専門的な心理テストを3つ受けて、ストレスの度合いを測るものだ。
そこではめっちゃストレスやばいからとりあえず手近な精神科を紹介するのですぐ行って、という感じだった。
相談の末、家からほどよく離れた病院を選んだが、それは母の希望にそぐわなかったようで、ひどく嫌な顔をされたのを覚えている。
結局そこの病院には現在も継続して通院している。

紹介された病院で、医師から「社会不安性障害」の診断が降って、抗鬱剤睡眠薬を投与しながら精神を落ち着かせる方向で治療することになった。
病名がつけられる状態なのだとわかって、ほんの少しだけ安心した。
カウンセラーの先生にはあなたのような考えだとこの世の中は生きづらいと言われた。
とりあえず一年は加療しながら卒論を書くことになり、それから本格的に治療を始めることになった。
休学と退学の選択肢はなかった。
単純に5年目の学費は払いたくないのだろうなと思ったし、私自身も自分にそこまでする価値はないと感じた。

家族はあまり理解していないようだった。
ことあるごとにそろそろ治らないのか、いつなら治るのかと私を責めた。
完治したり、治療の見込みが立つような病気ではないと話すと、それだといつまでも就職できない、ちゃんとしないとなじられているようだった。

これは私個人の見解なので、誰でも当てはまるものではないのだが、メンタルの不調については自分の性分が世の中に合わせられないことで苦しみを生むようなもので、それを理解し、脳の不調は薬で治療して、心の不調はカウンセリングで可視化したりして自分なりに着地点を見つけていかなくてはならない。
そういう話をすると、治らないのだったら薬を飲む意味もカウンセリングを受ける意味もない、医療費をかけるな、みたいなことも言われた。

このぐらいの頃から、私は家族をスポンサーだと感じるようになっていた。
そして費用の使い込み、期待値に大きくそぐわない自分に異常に嫌悪感を感じていて、それは今も続いている。
自分は非常に費用対効果、コスパの悪い子供だ。
正直家族も育児の失敗作だと思っているだろう。
少なくとも私はそう思う。
自分で自分をよくしようとしないあたりからしてもうダメな人間だ。

今回も経済的に自立しようとして2ヶ月すらもたなかった。
正直もうダメだなと思う。
メンヘラのくせに首を吊る勇気もなくて、本当に申し訳ない。

体調悪くても病院いくの我慢するから、ゆっくり寿命を迎えさせてほしい。


今日の〆

心の調子は悪いですが私は元気ですよ、という話をしました。
多分再来週ぐらいには躁状態かってぐらいもりもり元気になると思います。

今日も読んでくださりありがとうございました。
明日もよろしくお願いいたします。


べにぃ


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