カンパリオレンジを飲み干せ

めざせ1日1エントリ

俺の葬式

今日の挨拶

こんにちは、べにぃです。
みなさんは自分が死んだ後のことを考えたことはあるでしょうか。
ネガティブな意味合いではなくとも、残された人たちはどうするのか、残された人たちにどんな暮らしをしてほしいか考えてみたことはいかがでしょうか。
今日はライトにそんな話をします。




俺の葬式

祖父が入院している。
数年前から肺の調子が悪いだとか、転んで背中を打っただとかで入退院を繰り返していたのだが今回は少し深刻そうだ。
勝手に病室に持ち込んでいた塩辛や食卓塩も今回は食べる余力すらなしといった具合である。
それでも今回の入院初期は薄味の病院食が嫌だと悪態をつき、手のひらに塩を振って舐めていたのだが、数日の間に病状が悪化してしまい身内には不安が襲った。
入院していても大声を出してわがまま放題で人を困らせていた祖父がぼんやり口を開けて聞き取れない声で何事かつぶやいたり、感謝の言葉を伝え出したりしたものだからこちらも参った。

90も近いご高齢なのである程度の衰えというか、後の世代にも覚悟が必要なお年頃なので、いよいよかという気持ちもあった。
しかし私が勝手に覚悟していたのは関係なくて、たまたま帰省していた父が弱り切った祖父の姿を見て明らかに気落ちしてしまたのでこちらとしても如何ともしがたい気持ちになる。
昨日なんかは本当に朦朧としていて、かろうじてyesかnoかの意思表示ができるかという感じだったものだから私もさすがに寂しい気持ちになって祖父の細い足を摩った。

父の落ち込み方もひどく、仕事の都合で翌日には帰らなければならないのに祖父の姿がそのようなものだったからひどく寂しがって弱音を吐いていた。
自分はそばにいれないが祖父と同居している弟家族のことも気がかりらしく、心配が尽きないようで、見ているこちらも不安になる。

それでも今日はまだ少し回復したようで、会話ができたし手足がよく動いていたので安心はできたようだったが、元気がでると増えるのが元気なお言葉であった。
タンパク質はすごく大事である。

その中で今日ひときわ輝いていたのが「今日は俺の葬式」である。
ちなみに日付も間違っていた。祖父は4日前の話をしていた。
私たちは過去に挙げられた葬式で見送られた祖父の見舞いに来ていたのか。
はじめは誰か親戚の葬式の話をしていたのかと思ったのだが、よくよく聞くと自分のことらしい。
「俺は今日が葬式だ」といってきかない。
本気でそう思っているのかこちらの反応を伺いたいのか。

なんだ俺の葬式って。俺のイタリアンか。
この世界はタイムリープもので、祖父は4日前に自分の葬式があった世界線からやってきたとでもいうのか。
だとしたらまだしばらく葬式はあげさせぬ。孫が全員成人するまで待ってくれ。

それにしても俺の葬式である。
さながら気軽に入店できる葬儀会社だろうか。
私は生まれていなかったので知らない話なのだが、かつての祖父の家は人の出入りが多くいつでも賑やかだったと聞く。
おそらくあちらこちらから生きてる人も死んでる人も顔を見にくるような式になりそうな気がした。

一方で私が死ぬ時はどうしてもらいたいかとも考える。
とりあえず爆笑が取れる式にしたいがいかんせん私の遺族によしもとの有名芸人を呼んでくれる気概もギャラもがあるひとはいないだろう。
ここは私のダメエピソードを押して弔辞文に仕込んでもらうほかない。演技指導の念ぐらいならば送ることができるだろうか。
そうなったら参列者には嘘でも笑ってくれるものがいないと台無しだ。笑上戸をサクラにキャスティング。
あとはもう野となれ山となれで、普段から訓練を受けていない人間が人前で堂々としようとするも発声や振る舞いのぎこちなさが味のビデオが完成して香典返しにお送りするだけだ。
たのんだぞ、『俺の葬式』。

今日の〆とあいさつ

いかんです
うとうとしていました。
今日はここでおしまいで。
呼んでくださりありがとうございました。
明日もよろしくお願いいたします。

べにぃ



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