カンパリオレンジを飲み干せ

めざせ1日1エントリ

歴史を学ぶ意味

今日の挨拶

こんにちは、べにぃです。
本日もアクセスありがとうございます。

今日は日中の時間を使って先日まで在職していた会社で使っていた道具を整理しました。
毎日仕事でとっていたメモをまとめたノートは大学ノート50ページほどにも及んでおり、
大変短い期間の勤務になってしまったものの仕事を覚えようと私なりに努力を重ねていたのだなあ、
と珍しく素直に自己肯定する貴重な機会をゲットしました。

人間、一人で部屋で過ごしていると自分で自分を叱咤したり、逆に褒めたりしていないと感情が平坦になりすぎてしまいます。
フラットな状態はキープさえできればまだよいのでしょうが、いかんせん体質の問題で時期によって気分は大きく落ち込みがちなものです。
フラットな状態から−50されるのと、+100の状態からー50されるのと、−50の状態から−50されるのとではもたらされる気分の結果は違うのではないか。
普段から意識して気持ちをアゲておけばもし下がった時も比較的調子よく過ごせるのではという仮説のもと、
調子がいい時だけでも自分の調子をよくしおこう(???)という算段です。
気持ちが上がってたら落ちるだけ落ちた時の落ち代が大きいのでは…と書きながら気がつきましたが今はそっとしておきます。

ごくごく短い期間ですが昔のことを顧みる機会に触れ、
学生時代に「なんっで昔のことなんか勉強しなきゃなんないのwwwwこんなの意味ねえじゃんwwwwww」とイキりちらかしていたかつての事を思い出しました。
ついでに歴史を顧みることは何の役に立つのか考えます。



歴史を学ぶ意味

個人的な体験に基づいた歴史もとい過去にあった事を学べば得られるいいことに

・たのしいことが増える

というものがある。
えっ、それは当たり前では……しょーもなっ…………とお思いの方も多くいらっしゃるだろう。個人の見解なので許して欲しい。
これは歴史に限らず、チキチキ!私が思う何かを勉強しておけば得られるいい事第1位でもあるのだが、
実感するようになったのは歴史に触れてからのことだった。



みなさんは「海賊戦隊ゴーカイジャー」をご存知だろうか。
2011年に放送されていたスーパー戦隊シリーズの35作品記念作である。
戦隊モノといえば、個人で色分けされた男女の集団が世界を脅かす巨悪と1年かけて戦うことでおなじみのテレビシリーズだが、
ゴーカイジャーの強みは過去のシリーズの戦士にも変身して戦う事ができるめっちゃメタでチートなところだ。

細かいツッコミは差し控えるが、訳あって彼らはシリーズで一番初めに戦ったゴレンジャーからついこの間(当時)まで戦っていたゴセイジャーまで、都合に合わせてお好みのレンジャーに変身して戦ってしまう。
機能的にはこのような特徴を持っているゴーカイジャーなのだが、
番組では地球にお宝を探しに来た宇宙人の海賊が1年かけてかつて地球を守ってきた先の戦隊の先人たちに巡り会い心身ともにレベルアップしていくというストーリーが展開されるのがすごくいい。
毎週放送されていく中、過去の戦隊の先輩が戦いに抱いていた思いに触れてゴーカイジャーが成長するのがいい。
一般的(?)な海賊だったのが1年かけて35番目のスーパー戦隊になるのがいい。

といった具合にオタクは好きなものの魅力を語り出すと止まらないので割愛するが、
当時は見ていると過去のシリーズ作品もどんどん見たくなって止まらなくて大変だった。
実際に当時の放送作品を見て本放送では謎だったセリフやシーンへの理解が深まったり、
それを踏まえて後の放送でそれまで出会った先輩のことを思い出して決戦に挑んだりだいぶアツい展開が多い。
正直モチーフの過去戦隊を知っているか知らないかでは面白さは100倍くらい違う。
ちびっこからしたらいっぱい変身してすっっげー!!し、大きなお友達的には過去の思い出が呼び起こされてノスタルジーを刺激するのだ(個人の見解です)。

また、ゴーカイジャーは「地球の事情など全く知ったこっちゃないのだが」というスタンスの外部者という状態からストーリーがスタートする。
そのために過去のスーパー戦隊たちについては露ほども知らないままに彼らの事を探しに行くのだが、これがもう効率が悪かった。
それはそれでもたらされる出会いの良さがあったのだが、中盤で戦隊オタの追加戦士が登場することで流れがグッと変わる。
ナビゲーションキャラの曖昧なお告げで試行錯誤しながらお宝探しをしていたゴーカイジャーたちだが、
追加戦士の鎧くんが圧倒的なスーパー戦隊知識を持っていたおかげで案内に具体性が増してやるべき行動がクリアに見えるようになっていくのだ。

ゴーカイジャーは「過去に巡り会い、今に生かし、自らで未来を切り開く」スタイルで戦っていく。
こんな言い方をするとロマンもへったくれもなくて申し訳ないのだが、彼らは過去を最高の資源にして最高に強くてかっこよかった。
でっかい夢は無限大、欲しいものは自分の手で掴み取るというのはゴーカイジャーの基本スタイルである。
その過程で彼らは歴史の持つ経験値を引き継ぎ、その価値を理解し尊重し、自らの武器にしていったのだ。


放送当時の私は20歳もすぎたいわゆる大きなお友達だったのだが、見習わねばと思った。

昨日のブログで私は保守的な過程環境で抑圧されて育ち、どこか息苦しさを感じていたと書いた。
それは自分のために自分の感情を抑圧せず自分の欲しいものを自分で掴み取る強さと欲が圧倒的に欠けているからだったのかもしれない。
そして、今強くあるためには今を攻略するだけでは不足だと理解した。

現在とはミルフィーユの一番上の層みたいなもので、下に積み重なる過去があってこそ存在出来ていて、いずれは上に新しい未来の層が積み重なり、現在もまたその未来を支える過去の層になっていく。
そしておいしいミルフィーユになるためには、おいしい材料とそれを生かす技術が必要である。
生きている中でその材料と技術をどうやって得ねばならないのだろうか。

過去のミルフィーユが作った味を知り、その上で自分がどのような層になるのかは自由だ。
しかし、これまでに作られた層の技法や味を知るだけで、作れるものの選択肢はまるで違う。

限られた時間や資源、場所の中で、自分が得られるものをどうやって生かしていけばいいのか、ずっと考えて暮らしている。
本当はちょっと見栄をはった。たまに思い出して暮らしている。




今日の締め

ゴーカイジャーめっちゃ好きやねんという話をしました。
高校生の頃、私は「 三国志ファンっていいよね……たまたま好きになったもののおかげでテストの点数あがりやすくなるんだからさ…………」と見当違いもいいところの僻んだ嫉妬をしていました。
しかし今なら思う。
それは好きになったものの問題ではなく、好きになった自分が何に生かすのかの問題だったんじゃね?と……

べにぃ