カンパリオレンジを飲み干せ

めざせ1日1エントリ

驚けない素顔はどうできあがったのか!低刺激!べにぃの過去その1

今日の挨拶

こんにちは。べにぃです。
このブログも始めて3日目になりました。
世間ではよく、長続きしないことを「3日坊主」と言ったりします。
私もしばしばそんな坊主になってしまうのですが、
高校時代の恩師に
「3日坊主になったらまた始めてもう1度坊主になる。それを繰り返すだけ」
さんねん峠システム的な事を言われて目から鱗が落ちました。
その時の事を思い出して今日も始めます。

前回は現在の私についていろいろと書かせてもらいました。
今回お送りするのは私がここに至るまでの経緯です。
書き始めたら長くなったので分けます。




出生〜保育園

私は幼い頃からだいぶ扱いづらい子どもでした。
保育園に初めて登園した時は家族と離れがたい気持ちが高まるあまり玄関で泣き叫ぶ。
そこまでは「あら〜さびしくなっちゃったのね〜^^」で片付けられるエピソードでしょう。
そのあと泣きすぎるあまり玄関で嘔吐してしまったのはさすがにやりすぎでした。
玄関にゲロをぶちまけた孫を預ける祖父も朝からゲロを片付けた保育士さんも気の毒すぎる。
そしてその後も卒園まで

  • 昼寝をしない(園内でただ1人)上にあちこち徘徊する
  • 発泡スチロールを食べる事ができる自分をアピールし、ハブられる

登園拒否をしていたら風邪をこじらせて本当に保育園にしばらく行けなくなり、戻ってきたらあんなにハブっていたおともだちに URキャラ扱いを受ける
入院した同級生にお見舞いの手紙を書き、封筒にあめちゃんを同封して同級生の妹に託すもあめちゃんをその場で食べられてしまい、保育士の先生にどちゃくそ怒られる(私が)
など保育士目線だときっとめんどくさい子供だったんだろうな〜と察せるトラブルを起こしまくる。
保育園にいたのは小学校入学までの3年ほど。
その間に昼寝をしたのはおそらく片手で足りるほどで、
もし昼寝をしようものなら今年1番のスキャンダルのような扱いで情報が流されたことはよく覚えています。

余談ですが、ちょうどセーラームーンが流行したころで私の周囲でも大ブームだったのもこの頃で、
御多分に洩れずセーラームーンに憧れた私がテレビの変身シーンのような演出を体験したいあまり、
「ムーンプリズムパワー!メイクアップ!!」と叫びながら15段ほどある実家の階段から飛び降りまくっていたのもこの頃です。




小学生時代


小学生時代は人間関係の空気読めなさに苦労した時期でした。
唐突に押し付けられる上下関係、女子のノリ、長すぎる6年間。

保育園までちゃんくんづけだった年上の子達なのに、小学校ではそうしたらいけない。
さもなくば階段の踊り場ですれ違った1つ上の女子に突然襟首を掴んで息の根を止められかける。

突然同級生が人気のない場所へ呼び出し、
「なあなあべにぃちゃんはどの男子が好きなの?」と恋心を寄せている人間が同じクラスにいることを前提に話を進めてくる。
のがよくわからず適当に顔のいい男子の名前を何人か出してその場をしのいだら面食い2股キャラのレッテルを貼られる(そりゃそうか)。

みんなどこで「今までとちがって年上には敬語を使う」「同じクラスに好きな異性がいるのは当然」といったありがちなお約束を培ってくるんだろう……なんで私は自然とこういうことができないんだ……?
と疑問に思うも解決できない要領の悪さというかトロさが露見したのでありました。


あと、同じクラスのかわいい女の子たちはなんだかクッキーとかお花とか、
ほわほわしたいい匂いがするし着ている服もなんだか可愛い感じなのに、
私からはしょっぱい匂いしかしないしいつもでっかいミニーちゃんの顔がついた赤いトレーナーばっかり着ていたのが地味に辛かった。
これについてはまず鼻くそをほじって食べるのとそこらへんにくっつけるのをやめるべきだったし、
「汗かくから運動はいやだよね〜^^」と教室で丸を描くだけでできる果物の絵ばっかり書いて体重を増やすのもよくなかった(可愛い服はデブのために作られない)のですが、
それに気がつくのは大人になってからの事でした。遅い。

こういった疑問を解決できず、できなくともそれなりに擬態して空気を読むということを知らないままでいた私はその後、
人数が足りないのと体重を減らすのと、みんなやってるというのとで入れられたミニバス部でも上級生とうまくやれず3ヶ月で退部するし、
鼻くそをほじり続けていたせいで男子からはウイルス扱いされるし、
体も態度もでかいイキり陰キャラ(笑)としてさわやか体育会系の担任からは邪魔者扱いされるという、
いいところなしの6年間を送るのでした。


一方で、一生の付き合いになる出会いもありました。
ハムスターと親友のSさんです。

ハムスターは家の向かいに住んでいたいい匂いがするタイプの女の子、Nちゃんの家で飼っていたことで初めてその存在を知りました。
こんなに小さくて、もこもこで、しかもかわいい生き物がいて、その上家で飼うこともできるのは、当時6歳の私にとってはこの上ない衝撃。
その時ちょうどとっとこハム太郎が流行り始めていたのもあり、私はどんどんハムスターにのめりこみました。
家族に何回反対されてもハムスターが飼いたいと駄々をこねて困らせ、
小学校で上の学年のクラスが教室でハムスターを飼い始めたと聞いた時は、上級生アレルギーを乗り越えて覗きに行こうとしました。
(ちなみに下級生でコネのない私に見せるハムスターはなかった。)
図工の時間に作品を作る時は絵にも工作にもハムスターを題材に使いすぎて担任に白い目で見られたりもしましたが、
それでも私は何かにつけてハムスターをモチーフにするのをやめなかったし、少ない資料でハムスターについて勉強し、
ハムスター倶楽部をお小遣いで買いあさる日々を送りました。

念願のハムスター飼育を許可されたのは小学4年生の秋。
ジャンガリアンハムスターのみみっち。メス。
寿命の都合で短い間だったけどいつでもとてもかわいがりました。

そういうわけで私は今でもブログのアイコンに手書きのハムスターを使うし、
ノートの片隅に落書きするのをやめられないのです。


Sさんとは小学2年生の時に席が隣になったのが縁で友達になれたクラスメイトです。
Sさんも私も女子だったのですがクラスの男女比率は女子がほんのすこし勝ったので、
席替えの都合で女子が隣同士になる席が1組だけ存在したのです。

私は私で1年生の頃、別の保育園出身の男子が名札に北海道みやげのマリモをくっつけてきたのに興味を持ち、見せてもらおうとしたところ
「保育園違う奴は友達じゃねえからマリモ見せねえ!」と罵られたことがあったので、正直他の保育園の子供にビビって距離を置いていました。
(また、私は運動音痴だたため、当時、体育のできない奴には人権がないという風潮も強い中で当たり前に体育を調子よくこなせる同級生の面々が少し怖かったのもある。)

そんな中、Sさんはクラスの中に数少ない運動のできない女子の枠に属した1人でした。
クラスでただ1人メガネを掛け、男子よりも背が高い彼女のことを私はどこか遠巻きに見ていたのですが、
なんてもったいないことをしていたのだろうと思います。
それほどに私たちの波長はぴったりと一致していました。(個人の感想です)
本が好き、漫画が好き、運動が苦手。
アイデンティティを分かち合える相手が1人でもいなかったらきっと私はとっくの昔に死んでいた。
魔法陣グルグルがこんなに面白いことを知ることもなかった。
みんなが寝静まる夜中に面白いテレビをやっていることも知らなかった。
いつしか私と彼女は互いに何を考えているのか言わずと知れた間柄になり、
次に言いたいことがぴったり一致してハモること数知れず、
挙げ句の果てには100m走のタイムは何回測っても一緒、極め付けは歩幅までぴったり同じ。
双子かよというぐらい仲良しだったのはさすがにどないやねんと思わないこともないようなシンクロ具合にまで発展を遂げるのでした。
私はきっと、ここまで波長の合った友達に出会うことも、給食で1つ余ったドライカレーを勝ち取って彼女と半分こして分けて食べた時間の尊さも忘れることはないだろうなと思います。

次回予告と今日の〆

今日は保育園時代と小学校時代の話をしました。

なんだか屈折した内心を伺えることと思いますが今もそこそこ屈折しています。笑えん。
明日は中学生時代以降の話をしようと思います。
もう少し屈折しますがご了承ください。

そしてなんとか書き終わったら整えて1ページにまとめる予定です。
今日も読んでくださりありがとうございました。
明日もよろしくお願いします。

べにぃ